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従業員からの突然の退職申出があったらどうする?

企業経営において、従業員の労働契約は事業の根幹をなす要素です。従業員から予期せぬ退職の申出を受けた際、その対応を誤れば、法的な紛争に発展するリスクを内包しています。本稿では、中小企業の経営者が直面しうる従業員の退職に関する諸問題について、労働法の観点からその対応策を解説します。

「辞職」と「合意退職」の違い

従業員の退職は、その法的性質により「辞職」(「退職」でも良いのですが、「合意退職」と区別するためにここでは「辞職」といいます)と「合意退職」に大別されます。両者の違いを正確に理解することは、適切な初動対応の基礎となります。

辞職は労働者による一方的な労働契約の解約

辞職とは、労働者が使用者(会社)の承諾を得ることなく、一方的な意思表示によって労働契約を解約することを指します。これは労働者に認められた権利であり、労働者には辞職する自由があります。辞職の意思表示が使用者に到達した時点で法的な効力が生じます。

合意退職

労使双方の合意に基づく労働契約の終了
一方、従業員から退職の意向が打診・相談された場合は、「合意退職の申入れ」と解釈されます。
この申入れに対し、使用者が承諾の意思表示をすることによって、初めて労使双方の合意が成立し、労働契約が終了します。したがって、使用者は退職日等の条件について交渉する余地を有します。

辞職か合意退職の申入か

その区別は実際の場面において、区別は難しい場合があります。労働者を保護する(合意が成立するまで撤回をする余地がある)という違いがあることから、どちらなのかはっきりしない場合は、合意退職の申入れと考えて対応した方がよいでしょう。

会社としての対応

会社としては、従業員から「辞めます」といわれた場合、まずは従業員の意思をしっかり確認し、それが確定的な「辞職」の意思表示であるか、交渉の余地を残した「合意退職の申入れ」であるかを、その発言の趣旨や状況から慎重に判断する必要があります。
 その上で、引継ぎ等のためにある程度は残ってもらいたいという場合には、従業員と退職日等の条件について話し合いをするのがよいでしょう。

就業規則に定められた辞職手続の有効性

多くの企業では、就業規則において辞職に関する手続を定めています。この規定の法的拘束力はどう考えるべきでしょうか。

「辞職は60日前に言ってもらうのが会社のルール」は通用するか(民法第627条1項との関係性)

例えば、就業規則上、辞職は60日以上前に申出が必要と定めていたとします。この場合、従業員は「2週間後に辞めます」と言っても辞められないでしょうか?

就業規則よりも民法627条1項が優先する

結論を言いますと、就業規則の規定よりも民法の規定が優先適用されます。
期間の定めのない雇用契約(無期雇用契約)について、民法第627条1項は以下の通り定めています。

“当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。”

本規定により、無期雇用の労働者は、辞職の意思表示を行ってから2週間が経過すれば、使用者の承諾がなくとも労働契約を終了させることが可能です。
本規定は労働者の辞職の自由を実質的に確保するための規程と解されており、就業規則によってこの2週間の期間を延長しても、従業員に強制することは難しいです。したがって、その前提で対応をする必要があります。

辞職の意思表示の方式は何でもよいか?

就業規則に「所定の届を提出すること」等の形式が定められている場合でも、辞職の意思表示自体は特定の方式を要しません。「うちは届けを出さないと認めない」といって突っぱねることは、難しいと考えた方がよいでしょう。
口頭や電子メール等による意思表示も、法的には有効と判断されます。もちろん、後の紛争を予防する観点から、書面での提出を求めることは実務上有効ですが、「所定の書式でないから」という理由で退職の効力そのものを否定することは困難です。

退職代行業者からの通知への対応

近年増加している退職代行サービスからの通知は、本人の委任を受けた適法な代理人または使者による意思表示として、原則として有効と考え、必要な事務手続について粛々と応答した方が良いかと思います。
ただ、弁護士資格を持たない業者が、報酬目的で退職日の調整や未払い賃金の請求といった「交渉」を行うことは、弁護士法で禁じられた「非弁行為」にあたります。相手が弁護士や労働組合であれば、正当な代理人としての対応が必要ですが、そうではない場合、その業者は「交渉」ができませんので、交渉事には一切応じる必要はありません。

辞職時における年次有給休暇の取得申出への対応

辞職に際し、従業員が未消化の年次有給休暇(以下、有休)の取得をまとめて請求するケースは頻繁に見られます。事業運営上の支障を理由に、これを拒否することは可能でしょうか。

時季変更権行使の制約

使用者は、労働者から請求された時季に有休を与えることが「事業の正常な運営を妨げる場合」には、取得時季を変更する権利(時季変更権)を有します(労働基準法39条5項)。
しかし、退職予定日までの残日数が、労働者の有休残日数に満たない場合、使用者が時季変更権を行使しても、代替日を指定することが不可能です。
そのため、退職を目前に控えた労働者に対する時季変更権の行使は困難であると言わざるを得ません。原則として、従業員の請求に応じる義務があります。

交渉による円滑な業務引継ぎの実現

とはいえ、業務の引継ぎが完了しないまま退職される事態は、企業にとって看過できない問題です。法的な権利義務のみを主張するのではなく、以下のような選択肢を提示し、協議による円満な解決を図ることが賢明です。

* 引継ぎ完了のため、退職日を双方合意の上で後ろ倒しにすることを提案する。
* 会社に買取りの義務はありませんが、合意に基づき、未消化の有休を買い取るという解決策も考えられます。

組織運営における従業員との関係性の重要性

従業員による突然の退職は、多くの場合、職場環境や処遇、人間関係等、何らかの複合的な要因に起因します。
経営者や管理職が、日頃から従業員とのコミュニケーションを密にし、労働者が抱える課題や懸念を早期に把握できる体制を構築することは、重要なリスクマネジメントの一環です。定期的な面談の実施などを通じて、従業員が安心して就労できる環境を整備し、人材の定着率向上と企業の持続的発展に資するものと考えられます。
予期せぬ退職という事態に直面した際に、本稿で解説した内容などを参考にしていただきつつ、冷静かつ適切な対応を検討してください。

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